まいにちショウアクのすけ

平日の日課として、書いて、書いて、書いて!

休日の紙風船

息子ができてから、1年と2ヶ月。休日の過ごし方が大きく変わった。

まず朝7時には起きている。早く起きて、低血圧でフラフラとしながら、キッチンまで向かう。冷蔵庫から麦茶を取り出して、一気に一杯飲みほす。イビキをしているせいなのか、はたまた口で息をしているせいなのか、口の中がカラカラなのである。

麦茶を飲み干したら、コーヒーを淹れて、それを飲みながら、息子用の小さいおにぎりと自分用のサンドウィッチをラップに包み、リュックに、文字通り放り込む。

息子を起こし、着替えさせ、身支度を済ます。着替えさせるとき、息子はおとなしくて、じっと僕の顔を覗いている。微笑み返すと、何か確認が取れたように、ニコッとして、安心した様子で息子なりにも急いで用意をしてくれる。

 

近くの公園まで散歩に出かける。平和島 浜辺の公園。こじんまりはしているけど砂浜があるその公園に僕は休日の朝、決まって出かけるのだ。

持っていくものは朝ごはんが入ったリュック、子供を乗せるベビーカー、そして息子のお気に入りの紙でできた「ふうせん」。

子供の日に、父親が買ってくれた紙製のぼんぼりで、外で遊ぶような代物ではないのだけど、息子的にはこれがとてもお気に入りで、他のおもちゃには見向きもしない。

「いいかい、これは慎重に扱わないと、ダメだからね。破れたら、もう、遊べないからね」

そう言い聞かせて、そのぼんぼりを息子の手に持たせて、ベビーカーに乗せて、公園へと、のっそりのっそり向かう。

今の季節、浜辺はすごしやすい気温だ。風は冷たくなりはじめているけれど、前季の残り香のような日差しが暖かく、体をちょうどよく温めてくれる。

公園に到着すると、息子をベビーカーからおろして、紙風船を飛ばす遊びに付き合う。20分ばかり。息子が手から紙風船を離すと、それが風に乗って飛んでいく。それを一緒に追いかけて、回収する。そしてまた離す。これの繰り返し。

 

途中紙風船がしおれることがある。空気が抜けて、少ししぼむ。そうしたとき、決まって僕は息子に

「ほれ、ぼんぼんが元気ない。ぴーちゃん、これにふーってしてあげて」

そういうと、息子は一生懸命、ふーふーと、紙風船の穴に息を吹きかけて、それを甦らしては、また飛ばす。それを何度もなんども繰り返して、疲れたら、浜辺に座り込み、二人で朝ごはんを食べる。

 

なんの音もしない浜辺。人口の浜辺だからか、波音はしない。ときたま息子が海側を指指し喋る「ああ!」「ちょちょ!!」というような言葉に「そうだね」「そうなんだ」「びっくりだねぇ」などと返答をして、朝ごはんを食べ終わったら僕たちは家路につく。

 

最近は、息子と一緒にベットで仲良く寝ている。朝の遊びをするようになったからか、それとも乳離れをし始めたか、息子もぐっすりと寝てくれるようになった。

もちろん僕もぐっすり。平日の疲れと、ぼんぼりとの追いかけっこで、疲れているせいだろうか。ゆっくり、泥のように眠る。

しかし、昨日の日曜日、ふと、風を顔面に感じて、目が覚めた。口のあたりに、風が一定間隔で吹き込むのだ。薄目を開けてみると、息子が起きている。

小さいクリームパンのような手で、僕の口元を一生懸命広げて、そこにふー!ふー!と、口で息を送っていたのだ。

(ほれ、ぼんぼんが元気ない。ぴーちゃん、ふーってしてあげて)

ああ、そうか、息子は、ふーっと息を吹きかけるのが、元気になるおまじないと思っているのか。そう思った。

そして同時に、「おとうさん頑張って」と息子から言ってもらっているような気がして、なんとも嬉しくて、それでもっておかしくて、笑ってしまいそうな口元を必死で緩めながら、しばらくその風を感じて、僕はゆっくりと眠りについた。

翌朝起きると、口の中が変わらず、カラカラに乾いていた。

嫌な気は、しなかった。

ついで、ついで

終電車は、すでに終わっていた。

品川駅港南口には、飲み過ぎてしまったサラリーマンたちが、タクシーの配車を待って長蛇の列を作っていた。もちろん、僕もその中の一人。

タクシーに乗って、少ししてからだった。

雨が降り出した。

「急に降りましたね、お客さんラッキーですよ」

「本当ですね、最近多いですよねぇ」

個人タクシーの車内は快適な冷房と、法人タクシーではあまり味わえない快適なシートが僕の背中をフォローしてくれていた。

「お客さん、お仕事ですか?」

「いいえ、今日は会社のメンバーと飲んできました。

 期末だということもあって決起会のようなものです」

「なるほど、今日は金曜ですし、遅くまで?」

「ええ、それに今日は私の誕生日を祝ってくれたんです」

「そりゃいい。おいくつになられたのですか?」

「31歳です。」

「お若い!いいですなぁ〜私なんてもう、その倍くらいの年齢ですよ」

「運転手さんこそお若いですよ、みえないです。」

「ありがとうございます、しかし年をとるというのは嫌なものです」

そう言って運転手のおじさんは、大きく右にハンドルを切って第一京浜へと曲がった。

京浜急行の高架下が、僕たちの乗る車両の頭上をかすめていった。

9月7日。僕の誕生日だ。子どものころ、夏休みが終わり少しして、

まだ暑さの残るこの時期に僕の誕生日は配置されていて、

幼いころは、お盆に祖父祖母からもらったお小遣いを元手に、

いろんなものを買ってもらったような気がする。

とっても罰当たりだけど、何を買ってもらっただろうと思い返しても、

思い出せるのはほんの数点で、それ以外は何を買ってもらったかを

あまり思い出せない。

誕生日には、家の近所にある「シェトレーゼ」というリーズナブルな

ケーキを販売する洋菓子店で、かならず「スターダスト」というチョコレートケーキを

買ってもらった。ホールケーキではなく、切り売りされたケーキの方が、

いろんな味を楽しめることもあって、我が家では、あまり誕生日にホールケーキは出てこない。晩御飯は指定した好物を両親が作ってくれた。

からあげ、スバゲッティ、カレー、ハンバーグ、餃子、焼きうどん、

自分のその時食べたいものを、数日前から指定しておき、最終チェックが当日の朝入る。

「今日の晩御飯は、本当にからあげ?」

「えっと、、、そうだな、、、ちょっとまって、、、、えっと、、、」

朝学校に向かう玄関先で、靴ひもをあたふた結びながら、その最後の決断に

へきもきしながら、僕は毎回答えていたような気がする。

晩御飯を食べたあと、すぐにはケーキを食べない。

指定の好物を食べるため、晩御飯がフィニッシュしているときは

たらふく食べている。満腹に食べている。

お風呂に入り、少しテレビを見て、軽いストレッチなんかをして

お腹を空かせる。そして、ケーキを、約3時間程度あと、大体夜の9時ごろに

食べ始めるのだ。

 

「今日は誕生日だからさ、ドラマみてもいいよね?」

 

夜更かしを懇願する。通常であればもう寝る時間。

「今日だけよ」とにこやかに答えてくれる両親を尻目に、ちびちび、ちびちびケーキを食べながら、10時ごろまで眠い目をこすりながら、粘るのだ。

 

2階の部屋に上がる。当時の僕の部屋は、壁紙が雲の模様で、日当たりのよい部屋だった。12畳ほどの空間を、弟と二人シェアをして、学習机、ベット、ミニ四駆キット、どれも例外なく2セットずつ置かれた室内で、勉強をしたり、ゲームをして遊んだり、寝る間際まで弟と話をしたりして過ごした。

(僕はあまり勉強をしてはいなかった)

誕生日の日は決まって、寝つきが悪かった。

出窓を見ると、自分の通っていた小学校の校庭が見えた。

そこには大きな気でできたボールの壁打ちができる看板のようなものがあって、人影はいなくとも、なぜか、夜になると、音がする。がこん、がこんとおそらく風に当たってその鳴る看板を、じーっと見ながら

物思いに耽る。

(自分の誕生日、生まれた日。

反対に僕はいったい、いつまで生きられるのだろう、、、)

そんなよからぬ、答えもないことを考え始めて、強くなる。

そして、タオルケットにくるまって、エアコンの効いた室内で、

丸くなって、僕は眠る。

第一京浜から環七に差し掛かる交差点で、タクシーは止まった。

「いつの時代もそうなんですな。子供のときの誕生日ってのは特別な日なんですな。

 お客さん、私もね、子供のとき、誕生日にもらった駄賃で爆竹を買ってもらって」

「爆竹ですか?火薬の?」

「ええ。で、それを、ながーい筒の先に入れて、もう一方の筒に、ダンゴムシとかカマキリとかイナゴとかをつめるんですわ。そうすると、びゅーんって飛ぶんですよ。それが楽しくてやっていたらね、ばあさんに見つかりましてね、そりゃもう怒られましたよ。【祝い金でそんな残酷なことする罰当たりみたことない!】ってね。残酷ですよ、子供ってのは」

「あはは、時代を感じますね、でも、子供ってそういうところありますよね」

信号が変わりゆっくりとタクシーが動く。

雨はもうやんでいた。

「夢をみたよ、不思議だった」

「え、どんな夢?」

お盆にはかならず母方の祖母の家に泊まる。

僕は祖母との話が楽しみで、泊まった日はかならず、朝5時ごろ起きて、

祖母の寝ている部屋まで行く。

祖母はもう起きていて、僕が起きてくるのを知ってか、

お茶を沸かして待っていてくれる。

「多分航だと思うのだけど、赤ん坊をね、桶に水を張って、お風呂に入れているのよ。暑い日で、かわいそうだなって思ってね」

「え、、、怖い話?」

「ううん、それでね、お風呂入れた後に、その水で私も髪を洗うのだけど、それがとっても気持ちが良くて、気が付いたら、髪の毛が黒々してるのよ!」

「へー若返りの水だ」

「そう、不思議でしょう」

祖母は長年、風水というハートカバーの日記帳にいろんなことを書き留めていた。その日みた夢や、当時90年代に起こった社会問題や事件についての自身の考え、そういったものをまとめた日記だった。

その中にこの話も記載されていて、話はここで終わっていたが、以下のような短歌なのか、詩なのか、それとも、書付なのか、1文書いてあった。

 

「つがれたものしかつぎ足せない。ついでついでいくのが、親と子よ」

 

この一節、全く忘れていたけれど、最近になってようやく僕自身も、この考えを少し理解できたような気がする。

31年。僕は人生において、自分のために生きてきた。自分の財産、それは知的部分や経験的なところも含めて、僕という容器にたくさんの水を入れたいという思いで、生きてきた。

子供ができて、その容器に入れるだけでは、人生ではないと思った。

子供の容器ができたのだ。

その容器に、できるだけ多くのものを注いであげたい。そのためには、僕自身もたくさん注いで持ち運び、子供のところまで運ばなくてはならない。

 

「ついでついで」は

「継いで」であり「注いで」ということだったんじゃないか。そう思う。

 

なんというか、人生の主人公交代が行われた感じ。それは悲観的な意味ではなく、とても深みを持った、そして視野が広がる、ポジティブな体験だ。これから、僕が注ぐこの容器がどうなっていくかは、僕の容器の体積と、注げる頻度と、そしてなにより注ぎ口や注ぎ方にかかっていると思うと、身が締まるのだ。

 

「着きました。お客さん、お代は結構です。

 私からの誕生日プレゼントだと思ってください」

 

「え!そんな!ダメですよ!」

 

「大丈夫ですよ、個人ですしね、それくらいは自分で決めれます」

 

「でも、、、」

 

「じゃあ、今度長距離乗るときは、電話してください。またご贔屓に」

そう言って、運転手は僕を下ろし、去っていった。少し歩いて、家に着いた。明かりは消えていて、風呂に入ってからリビングにいくと隣の寝室で、息子も妻も、同じ格好で、眠っているのが見えた。

リビングを歩いて、寝室の方に向かうと、足の裏に何かが刺さる。

弟にもらった、息子の誕生日祝いのブロックだった。

あたりに散らばった、そのブロックを一つ一つ拾っていく。

そして、音をたてないように、一つ一つそっと箱に戻していく。

何かの形に組み立てられたそれを、手にとっては

「これは鳥の形を作ったのかな?」

「これは車だな」

なんてことを一人小声でつぶやきながら、

真っ暗な部屋の中、背中を丸くして、

僕はその断片を、そのままの形で戻していった。

読書で人生。

今週のお題「読書の夏」

 

夏休みの課題図書というものがある。小学生のときである。

課題図書とされる本を読んで、読書感想文を提出するという

夏休み中に消化しなくてはならない宿題のひとつである。

 

当時の僕は、読書というものがあまり、いやまったく好きではなかった。

 

じっとしていられなかった。

じっと、本とにらめっこ。

当時のぼくにとってそれは、国語の授業の延長線上でしかなかった。

そんなことよりも、他にやらなきゃいけないことがたくさんあった。

 

近所の材木工場のオカクズの山に、まだ日が昇る前、自転車で向かい、

虫取りもしなくてはならないし、お盆のお小遣いで買ってもらったゲームを

やらなくてはならないし、アイスも食べないといけないし、児童館でみんなと

待ち合わせして、近くのどんぐり公園に、サッカーをしに行かなくてはならなかった。

プールもいなかくてはならない、自転車で商店街をだれが一番早く渡りきれるかの勝負

もしなくてはならない、すいかも食べないといけない、

街のお祭りで神輿も担がなくてはならない…!!

 

家でじっと本とにらめっこしている時間なんて、ぼくにはなかったのである。

 

とはいっても、夏休みの終わりに、両親にケツを叩かれ、宿題をしていく流れで

この読書感想文というものと、向き合わなくてはならない時が来る。

 

(長い、なんて長い文章なんだ、こんな本、読んでいたら、

夏休みが空けてしまう、やばい、どうしよ、もう、どうしよ…)

 

読んでいても頭に入らない。タイムリミットを意識するせいで、焦る。

そのせいで、まったくもって頭にストーリーが入ってこない。

読み慣れていないせいで、同じ文を何度も読んでしまう。

登場人物の名前が覚えられない。漢字でつまづく。ページをめくる行為でさえ

慣れておらず、全くぜんぜん進まない。

 

そんなこんなで、ギブアップ。

その本のあとがきだけ読んで、なんとなく選択した文の抜粋で、

なんとなく感想文を書いて、なんとなく、しれっと宿題を出す夏休みを、

6年間続けていた。

 

「読書なんてするやつの気がしれないや」

 

夏休みが終わった9月頭に、毎年そう思って、課題図書のその本をゴミ箱に

投げ入れた。

 

 

高校生になった。当時ぼくの通った高校には、ぼくの所属する普通科以外に

理数科というコースがあり、普通科と理数科の間には、越えられない、万里の道とも

感じる偏差値の差があった。

(ぼくはその低いほうの普通科の試験でさえ、本当にギリギリで受かっていた)

 

その理数科にいるある女の子に恋をした。その子は読書好きで、

三島由紀夫が大好きだった。ぼくはその子となんとか近づきたく、

三島由紀夫なんてまったく興味がないのに、その子に本を借りて、

一生懸命読むということを続けていた。

 

仮面の告白」と「金閣寺」を夏休み前に借りた。

夏休み中に読むからといって、2冊借りたのである。一生懸命読んだ。

わからない言葉は辞書で引き、借りた本を丁寧に丁寧に読んだ。

もともとガサツな性格のぼくだから、ページを折り曲げてしまうんじゃないかという

思いから、本当に1ページ1ページを、丁寧に指でそっとつまんで読んでいった。

 

夏休みが空けて、彼女に本を返そうと意気揚々と通学していった。

高校には、最寄りの駅から15分程度歩いて通っていた。

 

空が青く、田舎道の両端にある田園は青々と茂り、導火線の緑色に似ていた。

爆発寸前の生命力のようなものを感じた、清々しかった。

 

高校の校門まで差し掛かると、彼女がいた。

親しげに、普通科の男としゃべっていた。

 

手をつないでいた。

 

この夏休みのインターバルの間に、その男はゴールを決めていたのである。

ぼくがチマチマ、ウォーミングアップしている間に、彼は、フィニッシュを

決めていた。

 

彼女はみたこともないような楽しそうな顔で、その男と話しながら、

校門をくぐっていった。その男は、三島由紀夫の美学とは程遠いような

金髪の、今時の、チャラチャラとしたバンドマンだった。

 

ぐっと夏休み明けの校門をくぐるのが、辛く感じた。

 

もう告白なんてどうでもいいし、なんなら俺も、

この高校に火でもつけてやろうかと、思いながら、重たい気持ちで

校門を僕はくぐった。

 

 

今この文章を、病院近くのホテルで書いている。

今年で30歳になった僕は、小学生の頃には考えられないような読書好きに

なってしまった。唯一の楽しみと言っていいほど読書が好きだ。

 

この病院に来るとき、かならず数冊の本をもって出かける。

 

また、高校のときには想像もつかなかったけど、幸せな恋をして、

幸せな結婚もした。

 

そして、その次の幸せである「子供の誕生」を待っている。落ち着かない心を

なんとか活字で、読書で整えようとしている。

 

本を閉じて、この文章を書いている。

 

「僕」という人間のストーリーを、一枚一枚丁寧にめくりながら、

新しく綴られるドラマチックな続きを想像している。

 

何が起こるかは正直わからない。でも、読み続けることが大切だと思う。

 

だから、僕は、次の文章、次の一文字にわくわくしながら、

この先も、人生の読書を続けたいと、思う。

 

本当に、そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動する図書館の思い出

僕の通った小学校には、毎週木曜日に移動図書館」なるものがきていた。

近くの図書館からたくさんの本を積んだ車がやってくるから「移動図書館」である。

当時の僕は、読書が好きだけれど、自分が本好きだということを、あまり人に知られるのが
嫌だった。

本が好きというと「暗いヤツだ」と思われるのではないかと思っていた。

だから、あまり小学校に設置されている図書館を使っていなかった。

 

しかし、本は読みたい。だから、その「移動図書館」をよく利用した。

そこで貸し借りされる本については、小学校の図書室のように
人目につくカタチで記録が残らないし、生徒が帰った放課後にひっそりと
小学校の校庭にくるそれは、借りている現場を見られる危険が少ないのである。

だから僕は、毎週木曜日、その移動図書館にこそこそと通っていた。色々な本を借りていった。

すべては覚えていないけれど、児童書の「デージェだって一人前」と「モモ」、
あとカートヴォネガッドの「スローターハウス5」を読んだときの
ワクワク感は忘れられない。

 

ヴォネガッドについては今でもたまに著書を手に取り読んだりする。
ワクワクするような描写がたくさんちりばめられていた。

 

中でも素敵だったのは、主人公のビリーが空襲の様子を映したドキュメンタリー映画を
観ている最中に、時をさかのぼる場面だ。

映画が逆再生のようになり、爆弾がどんどんと元あった飛行機の腹に吸い込まれていき、

その飛行機たちが逆向きに飛行場に降り立ち、中から取り出された爆弾が

工場で分解されていくシーンだ。なんと美しい反戦描写なんだと思った。

日本人には、こうゆうシャレの聞いた反戦は描けないんだろうなとなんとなく、

思ったのを覚えている。

 

僕はいつも、その移動図書館で借りた本は、

校庭の一番奥側にあるジャングルジムのてっぺんに上って読んだ。

 

そこは小さな町を一望でき、とても気持ちがよかったからだ。それと
だれかが、校庭に入ってきたときに、すぐ気づくことができるためだった。
…といっても、本を読み始めてしまうと、その本の世界に没頭してしまって、
そんなこと気にはしていなかったのだけれど、保険をかける意味でも、そうしていた。

夏の日のには、町は一面、青々としていてチリチリと耳元で音をが聞こえるようだった。

チリチリと音を立てながら、植物が成長しているような、生命力を感じた。

 

移動図書館には近くの図書館から職員が運転をしてくる。

毎回同じ、くるくるパーマのおばさんだった。

 

これは僕の憶測だが、図書館に勤務していて、大型車両の免許を

持っている人というのは希有な存在なのだと思う。

 

だから毎回おなじこの「くるくるおばさん」が僕に本を渡してくれた。

移動図書館にない本については、要望書を書かせてくれて、

次くるときにはその要望書に書いたタイトルを持ってきてくれていた。

 

印象に残っていることがある。

ある日、移動図書館で本を借り、いつものように本を片手に、ジャングルジムを

上り始めたときだ。

 

 

「おおおおーーーーい!!ちょっとーーーー!!」

 

 

くるくるおばさんが大きな声を出しながら、こちらへ走ってくる。

 

「はぁはぁ…ちょっと…いっつも、そんな片手に本もってジャングルジムなんて上ったら、

 危ないじゃない??だから、これ、おばさんがザック作ってきたから、今度からは、

 このザックに本を入れて、背負ってから上りなさい。ね」

 

「あ、はい…、あ、ありがとうございます」

真っ赤の袋だった。僕はそれを背負ってジャングルジムを上った。

 

今考えると、何も関係のない、我が子でもない僕に、

袋をくれるなんて、優しい人だったんだろうなと思う。

 

その日、本を読んでいても集中ができなかった。

或る気持ちが生まれていたからである。

おばさんのそのささやかな思いやりが、

人と関わるということはすばらしいことなんだなと僕に思わせていた。

 

僕は、こんな風に生きていていいのかと思っていた。
そして、隠していた感情が沸々とわき上がっていた。

 

友達がほしい。

 

明日には忘れてしまうような、くだらない話を

がははと笑い合いながら、話し合える仲間がほしい…

そう思って、僕は本を閉じた。

 

「うぃいいいいいいい〜!!!!!おっしゃーーーーーー!!!!!
飲んだゾーーー今日は寒いなぁ〜!!!!あああああああああ…」

 

酔っぱらっていた、部屋で一人酔っぱらっていた。そして、Tシャツ短パンでベランダに出た。

すごく寒かった。しかし酔っぱらっていて、なぜかそれが笑えてくる。

へへへへへへ〜…とそしてベランダで横になり、空と向き合う。
もう明るくなり始めていた。

 

 

また来年…先がとても長く感じていた。

笑いが、少しずつ、嗚咽に変わる。

僕は、嗚咽しながら、泣いた。

 

また賞を取りのがした。

また来年まで、長く苦しい自分との戦いが、忍耐との戦いが始まる。

いやだ、もういやだ、書くのもいやだし、推敲するのもいやだ。

それに、毎日睡眠時間を削って、また書き続けるなんて、いやだ。

認めてくれたっていいじゃないか。書いたもの、稚拙だとは

わかってはいるけれど、作品としての完成度までとは言わなくとも、

「よく頑張った」くらい、だれか言ってくれたっていいじゃないか。

 

 

そうおもって、津留にFacebookでメッセージを送る。支離滅裂なメッセージを送る。

時間は朝3時。当たり前だが、返信はない。

 

僕はのたうち回りながら次は必ず、穫ってやる。

かならず、見返してやると強く、強く心に誓った。

震える体で、誓い、そのまま、僕は眠りに落ちた。

 

そして、僕は、次の日、風邪を引いた。

ゆびおりかぞえる

今週のお題「夏の食事」

 

梅雨がふっと退席、失礼しやしたって感じ。
急に日差しが強くなる。

夏になると、新潟に住んでいる親戚の渡辺さんが
パイナップル、トマト、スイカなんかを送ってくれます。
今でも変わらず送ってくれます。

それがすごく楽しみで、
「あと○○日経つと梅雨が明けるな〜」なんて思いながら、
待ち遠しくて、指折り数えのは今でも変わりません。

で、送ってもらったパイナップルやトマトやスイカは
そのまま食べると、ちょっと熟れが足りない。

だから、お昼くらいの一番日差しが強い時間帯に
ベランダや、軒先で、直射日光2〜3時間当てるんです。
そうするとどれも俄然甘くなる。

僕が少年時代にすんでいた実家は小学校の目と鼻の先に
あって、3時間目くらいになると、家の人がその送ってきた
パイナップルやトマトやスイカをベランダに出すんです。

そうすると、小学校の窓から、黄色や赤や緑の夏の実たちが
夏の太陽にあたって、ありありとみえる。

「お!今日はかえったら、パイナップル食べれるな!」

うきうきしちゃんです。3時間目から。
そうすると、その日の授業も、バスケットクラブも
全然身が入らないです。

「あと、○時間で家に着くだろ〜おそらくパイナップルは
 風呂上がりにでるな。冷えているやつ、お風呂上がりに
 かぶりついちゃうもんね!風呂が沸くのが7時半‥となると
 食べれるのは‥」

そうやって、その食べれる瞬間までの時間逆算して
指折り数えちゃんですよね。

むかしもいまも、ささいなことで、
期待しちゃう性格なのは、
このせいなのかもしれないなぁ。

<S.S.E>ひょっこりおばさん

今週のお題「ゾクッとする話」池袋駅から僕の実家まで徒歩で行くと、

平和通りという商店街を抜けるのが一番の近道なのです。

 

そこの一本中に入った道をあるいているときなんですけど、

先のほうにある、公園の真向かいの家の玄関先の表札の陰から、

おばさんがヒョコってこっちを見ていて。

 

すぐひっこめる。

 

またヒョコってでて、すぐひっこめる。

 

それを何度も繰り返していて、

ちょっと面白いな〜笑ったら失礼かな〜と

思いながらも、ニヤニヤしながら、

その玄関先の近くまでついたとき、またひょこって顔を出して。

また引っ込める。

 

で、その玄関先を通り過ぎたとき、

気がついたんですよね。

 

その玄関先、おばさんが隠れる隙間なんてなかったんですよ。

ちょうど1年くらい前の話です。

 

うんこ漏れるかと思いました。

 

ネットで調べると、同じような経験をされている方がいて、

また漏れるかと思いました。

<S.S.E>もしもピアノが弾けたなら

正岡子規が書いた「俳句の出発」を読んでいる。

ふうむ、俳句か、とてもいいもんだなと思い、
これから俳句をやるべく、筆ペンを買う。

がよくよく思えば、私、文章書くとき、
手書きじゃなくてPCだったわけで、
其の「書く」と「打つ」という行為自体が違うだけで、
なかなか作文が進まない。

トイレでなんでだろうなんでだろうと
苦杯しているなか、ふと、思う。

ピアノは「弦楽器」なのか、それとも「打楽器」なのかと思った。

鍵盤を指で「打つ」と内蔵の「弦」が弾かれ音がなる。

こりゃ厄介だと思い、iPhoneをとって検索をしてみると
同じ質問を「教えて!goo」でされている方がいて、其の答えには

「ピアノはどちらにも属さない、
むしろジャンルを超越した楽器なのだ」とあった。

なるほど、しかり、そうかそうかと思った。
ピアノは偉いなと思った。よくやってる。

で、そろそろトイレをおいとましようと
手をトイレットペーパーのほうにのばすと、
紙がなかった。

ピアノは弾けない僕の、血の気が引いた。