まいにちショウアクのすけ

平日の日課として、書いて、書いて、書いて!

一皮むける犬

犬を飼いたいと言い出したのは母だった。

反対した。父も仕事で家にいないのはもちろん、母も雑司が谷教育委員会

働いていて、一日の大半、家を空けている。

 

そんな状態で犬なんて飼えるわけないやろ、やめときなさい。大変なんだよ、

犬っていうのは。朝夜に散歩、いけんでしょう。

早くに家を出るのだから、無理でしょう。まぁ、やめときなさい。

 

反対した。

 

「わかったよ…ただ、一度でいいから見に行って欲しい。

ほら劇場通りの横にペットショップあるでしょう。

そこにいるトイプーちゃんなんだけど、見に行ってよ、ね、いいでしょ。

見に行くだから」

 

と半ば強引にペットショップに連れていかれ、

そのお目当てのトイプードルを見に行った。

 

父はくだらないといったそぶりで、ついてこなかった。

他の子犬たちが暴れまわるショーケースのなか、小さな窓の近くに、

ちょこんと座った情けないプードルがいる。

 

情けない顔をしていた、なんとも不安そうな目つきで、タレ目、

ムクムクした口元が特長の犬だった。

僕は、その犬をみた瞬間、母がなぜそんなにこの犬を飼いたがっているのかがわかった。

婆さんにそっくりの顔だった。

母の、母だ。

僕を育てくれた、婆さん。
帆士ハルヨその人にそっくりだった。

抱っこしてみますか?

店員の女性がアルコール消毒液が入ったポンプを持って、話しかけてきた。

 

その消毒液を手につけ、手を揉み揉み。その犬を抱っこしてみた。

毛並みによって、柔らかく丸いその身体が、抱っこすると、

意外と華奢なことに気づいた。そしてちょっと震えていた。

 

ペットショップから家までの道、ふと婆さんの事を思い出した。

 

婆さんが、金太郎のマークが書いてある、焼き栗を居間のコタツで、

剥いては食べ、剥いては食べ、していた事を思い出した。

 

そして、食べながら、よく屁をしていたなぁと思い出した。

「名前はマロンがいいな。マロって呼んだりもできるし、あいつはお似合いの

名前だと思う。父さんは説得しよう」

 

帰りに僕が、言うと、いいね、いいねと母が言った。そして。
ちょっと間をおいて、いいね。とまた言った。喜びを頬張っているのを

隠せない様子で、母は言った。

 

そしてマロン(マロ)がうちにやってきた。

あんなにペットショップで大人しかったくせに、家に来た途端、暴れまわった。

 

タオル、靴下、ハンカチ、なんでも噛みまくり、振り回し、走り回った。

そしてお気に入りの卵形のおもちゃを舐めまわし、テーブルに乗り出し、

僕のおかずを、隙さえあればと狙ってくるとんでもない犬だった。

 

まったく、食い意地がはってやがる。婆さんにそっくりだよ本当!…
ちょっとだけだぞぉ…もう…何?もっと?…仕方ないなぁ〜…

 

と激甘の激甘で、僕はしつけている。

弟もしかり、マロンが来てから、帰省したとき、マロンがいるリビングで

過ごす時間が増えた。部屋から中々出てこない弟がである。

 

1番びっくりしたのは、父である。
毎朝、早く起き、マロンを散歩に連れて行く。
自身の昼寝の際、顔をマロンに舐めまわされても、まったく怒らない。
むしろ、ニヤニヤしている。

この前などは、
「俺はこれから、マロンのことをマロん坊と呼んで行こうと思うのだが、

どうだろうか?」

 

と真剣な顔で、相談してきた。勝手にしてくれ。

つい前まで子犬だったマロンは、いまではすっかり成犬だ。

この前、久しぶりに帰ると父と母が、ハワイ旅行の計画を立てていて、

何でそうなったか知らないが言い争いをしていた。

 

するとマロンがむくっと起き上がり、
二人の間に入り、二人を交互に見つめ、ぺろぺろと腕を舐めていた。

 

「ほれ、婆さんが仲良くしろよだとよ」

 

と僕は茶化した。

 

そして心の中でマロンに

父さん、母さんをよろしく頼みます。お前も一皮、

いやマロン(栗)だから一殻むけたな。

と賞賛の言葉を送ってやった。

 

秋。栗が甘く生る季節はすぐそこである。