まいにちショウアクのすけ

平日の日課として、書いて、書いて、書いて!

ひかる

六本木には地下鉄で向かった。


休日ではあったが、消化しききれなかった仕事を

上野のオフィスで片付け、地下鉄で向かう。

日比谷線から六本木通りへとあがる。

辺りは暗く、寒かった。

 

時期は年の瀬で、街は慌ただしく、赤青黄色、大小様々なネオンが光る。

早歩きの人が行き交う六本木の街で、

僕は少し晴れやかだった。町並みのせいで悦に入っていたし、

消化した仕事がスッキリと排泄されたような気分でもあったし、

なによりも、この六本木での予定が僕を晴れやかな気持ちにさせていた。

 

僕にはあまり縁もゆかりもない街だけれども、

今日は生駒さん、津留さん、そしてヨーコさん、僕の妻とで

アビーロード」というお店で、僕と生駒さんの大好きな

ビートルズのコピーバンドのライブを見に来ることになっていた。

 

六本木通りから、ミッドタウンの方へ向かい、少し手前の

街路を曲がり、地下に潜ると「アビーロード」はある。

毎日ビートルズ好きの観衆とバンド達が集まり、往年の名曲の生ライブを聞きながら、イギリスの郷

土料理とその土地のお酒を楽しむという、何とも僕に取っては、たまらない場所であった。

 

「なんや、変わらんな」と生駒氏が笑顔でつぶやき、

 

「本当変わらないよねぇ〜…また忙しくしてるんでしょう?」

と津留氏が笑顔で投げ掛けてくれる。

 

その間で、ヨーコさん《僕の妻》は高笑いをしながら、キョロキョロとしゃべり手へと目をやる。

 

席について、各々食べ物と飲み物を食べる。

津留氏、僕はビールを頼み、お酒の弱い生駒氏はジムバック。

 

ヨーコさんはソフトドリンクを頼んだ。少し落ち着かない様子だった。

 

(付き合わせちゃったかな…乗る気だったと思うんだけど…)

 

ほどなくして、料理が運ばれる。

その間僕たちはたわいもない仕事の話や、昔話、

そしてビートルズの話をした。ビートルズの話は

僕と生駒さんがして、津留くんが笑顔で

相づちを打ってくれるというような構図だった。

 

その間も、ヨーコさんはニコニコしているだけで、

手元の紙製のおしぼりを閉じたり、開いたり、

丸めていたりするだけだった。

 

バンド達がスタンバイをする。

お決まりのナンバー「she love you」から始まり、

初期の曲を奏でる。

 

店内は満員で、最前列の女性は

胸に手を当て、まるで本当にそのステージに

熱いまなざしを送り、彼女に習うかのように、

他のみんなも、ステージに目をやる。

 

僕は、間、間でヨーコさんをちらちら見る。

表情は柔らかで楽しそうである。けれど、いつもと違う。

 

(こりゃ…なんかあったな…あとで聞かなきゃ…)

 

 

ライブは30分程度で一度小休止。バンド達は

控え室に一度戻り、その間はBGMが少し流れ、

店内は静かになる。

 

皆ステージのほうから、カラダを戻し、食べ物や、飲み物のほうへと

カラダを向ける。にこやかに笑いながら、皆しゃべり始める。

僕はそれと同時にカラダをヨーコさんのほうへと向けた。

他の二人には気づかれないように、語りかける。

 

 

「ねぇ…ごめん…ちょっと、イメージと違ったかな?」

 

 

「え!…ううん、とっても楽しいよ」

 

 

「そうか、それならいいんだけど…なんか変だなって思って」

 

 

「ん〜…そうかな?」

 

 

「そうだよ、なんかあったんでしょう?分かり易いからね、ヨーコさんは」

 

 

「そうかな…あとでしゃべるよ」

 

 

「…えええええ…なになに…そんなこと言われちゃったら
 気になって仕方ないよ。ステージじゃなくて、ヨーコさんのほう
 見ておこうかな…」

 

 

「いや〜…いまは言いたくない」

「えええええ」

「わかったわかった!!いま言うけど、びっくりしないでよ」

 

「うん」

 

「二人にも内緒」

 

「うん」

 

代わる代わる耳元を見て、ひそひそ喋るのをやめて、

一度を顔を向き合う。

 

そして、彼女が人差し指で僕を呼ぶ。

僕はまた彼女の口元に耳を近づける。

 

「…あのね…赤ちゃんができたの、私たちの…二人の子供だよ」

 

あたりが暗くなる。

 

皆ははステージへとカラダを向ける。

僕たちだけが向き合っていて、彼女は笑顔で、僕は驚いた顔で。

 

ミラーボールがゆっくり周る。

反射で、丁寧に、こぼさす光り始める。

それはキレイで、ブリティッシュタイルで敷き詰められた店内を舐め回す。

ステージで、ボーカルがマイクで語り始める。

 

「皆さん、ここからのステージはリクエストを受け付けます。テーブルの紙に
 歌ってほしい曲を書いて、ボーイたちに渡してください」

 

 

僕はそれを聞いて、驚いた顔のママ、

 

紙を手に取って、ペンを走らせる。

 

 

僕の大好きなジョンレノンの「Mother」をリクエストしたくて、ペンを走らせる。

途中笑顔になって、ペンを走らせる。

 

ジョンと一緒で、
僕は、ヨーコのために、この曲を送りたいと思った。

京浜東北線で揺られ帰った。

途中で生駒さんとは分かれ、
電車で二人きりになるまで上の空だった。
そのせいだったのか、少し飲み過ぎていて、
電車の揺れがゆりかごのようで、心地よく、
気を抜くと眠ってしまうような気がした。

 

「ね、驚いてるでしょう?」彼女が聞く。

「驚いたよ!あ、名前は『ひかる』にしよう」

「え!はや!まだ男の子か、女の子も分からないのに!」

 

「どっちでも、大丈夫な名前だよ!『ひかる』
 うん、いいじゃないか。それに、浦川家の子供の名前は
 最後に「る」が付くって決まっているんだから」

 

「確かに、あはは、「わたる」に「とおる」に「すぐる」だものね」

 

「そうそう、だから、ひかる、浦川ひかるがいいじゃないか…」

 

大田区は大森の駅に付き、タクシーに乗る。

歩いて帰るのはカラダに負担を掛けてしまうかもしれない。

車中では特に話さなかった。

 

けれど、前を向いて二人で笑っていた。

外を見やると、車は第一京浜沿いの道にさしかかっていて、オレンジ色の

街灯が整列して、等間隔で、通り過ぎていく。

 

丁寧に、目で追いながら、僕はいつかの「ほおづき」を

思い出して、「俺も父親になったよ」と窓に向かって、つぶやいた。