月が果てるか、勇者が寝るか。
急いで帰って、子供と一緒に皆既月食を見る。
そう決めていた。
5年前にも月食があったそうだが、そのこと自体今更知った僕はもちろん見ておらず、皆既月食を見る経験自体、今回が初めてであった。
事前にベッドの向きを変え、ちょうど寝転ぶと、2階の寝室の出窓から月が見えるようにセッティングしておいた。
寝室の出窓の方は家などは隣接しておらず、地主さんの庭園が広がっている。
その庭園の真ん中には東京ではあまり見たことの無いような巨大で、頭のところ以外は枝の無い、すらっと高い木が三本立っている。巨大な細いブロッコリーが3つ立っているように見える。
ベッドに寝そべって空を見上げると、そのブロッコリーの幹の間に月が見えた。
脇に息子を寝かせながら、月を指差して、
「ほら、ピーちゃん。これからあの月が消えるからね、真っ暗になるからね」
と息子の好奇心を焚きつけながら、2人でニヤニヤしながら外を見た。
5年前の僕は27歳で、練馬に住んでいた。
今でも練馬は乗り換えで使う街だし、当時から行きつけだったバーに、時たま一人で顔を出すこともある。駅前に大きな複合施設が立った以外はあまり変わらない街で、変わらない価値観の、さほど成長もしていない僕が、おんなじようにガブガブ酒を飲んでいるにもかかわらず、何かが違うような気がする。
自分が主人公ではなくなってしまった感じに近い。それまでプレイヤーである僕が操作していた「僕」というキャラクターが、ある程度ストーリーが進むにつれて、勇者では無いことに気づくような感覚。
「僕ではなく、僕の子供が実は勇者でした」というような種明かしというか、壮大なマクラを聞いたような感じに近いなと思った。
決して悲観的に考えているわけではなくて、使命感のような感覚。息子を、勇者をなんとか立派に育てて、これから彼が経験するであろう挑戦を、いや冒険を、豊かなものにしてやろうという使命感に近い。
そんなことを考えながら、1人静かに奮い立ちながら、月をじっと見ていると、隣から寝息が聞こえる。
息子は、いつのまにか、ぐっすり眠っていた。
両手を上げて、バンザイの格好で気持ち良さそうに眠っている。
勇者の目覚めはまだ先か
なんて気障なことを考えながら、
僕は独り、月があるであろう
ブロッコリーの間を見つめて眠った。
#皆既月食